考える。
ということを考える。
別に私は哲学者でもなんでもないので、表面的な部分だけ。
昔学生の頃コレでプレゼンしたことがあった。
でも、その場では未完成で、
参作として保管されているという話を聞くと、
なんとも恥ずかしい限りである。
現在でも、まぁ、未完成という部分は変わらないのだけれど、
なんとなく、今考えている事の整理を目的に、
ちょっと、違うことを書いてみようと思う。
「考える」とはいっても色々な種類があって、
中には「想像」するという意味合いも含まれているのか・・・
独立別個のものなのか、、、
それはまた別の機会にすとして、
今回はオラリティとラテラシィからフラフラ先に進めようと思う。
どっちが言語でどっちが口語だったが忘れたw
まぁ、どっちも言語なんだけど、
書き文字と、音の文字との違い
だと私は勝手に解釈した。
。。。「えぇ〜そんな適当なのでいいの?」
と言われると困るのだけれども・・・
まぁ、「言葉には普遍妥当性が必要だ!」
とおっしゃる方もいるだろうが、
その、翻訳した意味合いには少なくとも、本来その言語には
形を変えても本質的な「概念」が含まれていると
勝手に信じて話を先に進める。
だって、そんな事説明してたら、本一冊かけるでしょw。
話は大分それたが、
「考える」という時の多くは(想像するを含まない)
言語である。
それは知ってる。
でも、「脳」というまぁ、ある程度「高次元」の事も想像出来る器官
ではあるものの、何故か言語なのである。
そう、想像では無い。
もちろん文字そのモノを「想像」することは出来ても、
それそのものの「文字」がどんどん生み出されて、
何か問題を解決するには至らない。
何故か?
言語とは先に述べた様に「音としての文字」と「映像としての文字」
二つあると書いた。
で、「考える」という行為では、多くは映像としてではない。
「音としての文字」なのである。
音。音は本質的に「消失」するという特性を持つ。
どんなに大きい音でも340m/sという速度で音源から離れていき、
やがて聞こえなくなる。
空間内に映像の様に留まっていることが不可能なのである。
例え直流の波長ずーっと流していても、最初に耳に聞こえた音は、
次の瞬間には次に出た音が聞こえる。
所詮直流も直線であり、
「直線」すなわち=「二点間最短の距離」と定義され、
点の時間経過による移動の軌跡ともいえるだろう。
まぁ、様は無限の点の軌跡の時間を止めた所を想像すれば、
話は早いのかもしれない。
んで、脳みその「考える」という行為が「音」だと言われても
私たちが聞いてる音とはちょっと違う。
「何が違うのか?」
「聞こえる」事はないのである。
「で?なんで音?」
と思う方は、鋭く正解。
様は脳の言語も本質的に「消える」という要素を持っている。
その点でここでは「音」という表現にさせてもらった。
で、それを試すのは簡単でろう。
「今日は雨だった」
を考えて欲しい。
「今日」を考えた時に「き」の音はすでに脳には無い。
それは口語も同じであり、
機能は口語とほぼ同じになっている。
または、「今日」を考えた時に「き」「ょ」「う」
という文字が和音として一つの音にまとまって聞こえる
人もほとんどいないのではないだろうか?
(まぁ、文字も重ねて書いたら読めないけどねw)
そう、「今日は雨だった」を一つの和音で話す事もないし、
聞いたとしても、人間には理解することは今の所出来ない。
(まぁ、出来る宇宙人がいたとしても、われわれは理解する機能を持っていないけどねw)
なんだろう・・・最近のパッケージについてるバーコードリーダー?
(あの携帯で写真撮ると、そのホムペとかにいけるやつ。
機能は高次元なのに、用途が狭くてもったいない、あれw)
そういう機能は我々にはない。
まぁ、音波は無いにしても、潜在的に音の要素は持っているのがわかってもらえただろうか?
プレゼンの時「頭が真っ白になる」
なんてのはよくある話。
様は話すことに集中している時、など、など。
なんでだろう?
と思った事はよくある。
緊張しているから、というのもあるが、、、
ふと、思わない?
頭で「考える」事を人に伝える「口語」
両者「ほぼ音」と「音」。
置き換える事は出来るのではないだろうか?
「口」から出てきた言葉で考えるのである。
頭にはかなりの言葉が入っている、出し入れ自在である。
確かに口では「頭で考えた事を音にしている」
と思うのだが。。。
本当にそうなのだろうか?
今、私は文章を打っている。
前の文章を軽く読み返しながら、自分の目的地つこうと思ってる。
この日記の目的地は、どこか?
もう一つの考え事が整理されるまでw
様は行きあたりバッタリなわけであるw
特に「カンペ」があってその通りに書きたいわかけでもなんでもない。
「前の文章を軽く読み返しながら」
なのである。
様は、この日記は行き当たりばったりで、前の分にキーワードを受けて、
勝手に書いている。
それ、それ、プレゼンの時も、よい所よい所のキーワードだけで、
どんどん話は出来る。
そうは、思わないだろうか?
まとまりがない?
カンペがない以上、
そして音が消えていく限り、自分の行きたい方向にガンガン進めるw
で、実際トライしてみるが、実はこれが上手くいかないw。
何故か?
前提として、その文章を理解していることが必要。
脳は自身が理解していない、内容の伴わない「記号」だけの
ん〜、「仮想」だけの言語かな?
でも、見かけの文は「考える」事が出来る。
これは「考える」という行為よりも「想像」に近い気がする。
自身が理解している=その文を別の「言語」または
「自身の経験」を用い、翻訳出来る。
という時に初めて、前の文章がキーワードになるのではないだろうか?
そうすると、話しながら考える事が成立しそうであるw
語尾が「しそうである」なのは、私だけかもしれないから、
断定を避けさせてもらいます。
あぁ〜、よしスッキリしたぞ。
え?話途中じゃないかって?
でも、私のもう一個の考え事はスッキリまとまったようなので、
OKです。
まぁ、何が言いたかったかは、
ご想像にお任せいたします。
プレゼンの苦手な人用かな???w
すみません。
なんとなく、そんな事達を「整理」してみた土曜日でしたw
2:00後書き。
ん?ちょっと待てよ。
「理解する」
の表記
「自身が理解している=その文を別の「言語」または「自身の経験」を用い、翻訳出来る。
という時に初めて、前の文章がキーワードになるのではないだろうか?」
ここの一文、ちょっと気になる。
もし、そうであるとするなら、
面白い事が想像出来ると思いません?
また面白い題材みっけ〜w